2005年03月10日

いま、会いにゆきます

タイムパラドックスのSFもの

 話題のカチンコである。ファンサイトでも絶賛されているようだ。同じくファンサイトで絶賛されている(と思われる)「世界の中心で、愛を叫ぶ」って映画は、私にはまったく無感動ものだった(そもそもこの手の映画は好きではない)が、こっちはよかった。純愛ものムードとかいわれているが、もちろん私が面白いと思ったのはそこではない(繰り返すが、この手のジャンルは苦手である)。「黄泉がえり」に似た面白さだろうか。

 一言でいえば、あっと驚く結末ってことだろう。SFが好きな私は、作者が設定した仮説のなかでの論理性を求める傾向があるのだが、それを満足した上での意外性ってのが面白いと感じたのである。

 2時間の長時間映画であることも手伝い、途中結末が読めてしまってだれてくる感じがある。主人公の妻が約束通りに消えてしまったときに物語は終わると思っていた。そこで終わっていれば、まさに「世界の中心で、愛を叫ぶ」の変形版としか思わなかったろう。

 現に私はエピローグ部分を見る前には、「なぜ甦ったのか、なぜ6週間なのか」という疑問を感じないでいた。安物邦画だから別にこだわらなくてもいいじゃないかと思ったからである。

 「いま、会いにゆきます」はここからが本当の映画だった。いやぁ、驚いた。どのようにしては別にして、なぜよみがえったのかという本質的な回答がそこにある。そして、「いま、会いにゆきます」というフレーズの本当の意味がそこではじめて明らかにされる。

 この回答は「黄泉がえり」にはなかったと記憶している。結末の意外性だけで面白いと思った「黄泉がえり」と、その意外性が死者のよみがえり理由になるという高度な味付けが加えられた「いま、会いにゆきます」とは、当然後者のほうが面白いと私は感じた。

 登場人物も少なめだし、下手に音楽がなりつづけるわけではない。出だしは少し戸惑ったが、見ているほうが下手に混乱しないようにうまく回想シーンを織り交ぜながらの作りこみも共感を覚える。生前のビデオを鑑賞している際、主人公の妻が問いに応えて自信たっぷりと「生まれてくるのはかわいい男の子である」というあたり、パラドックスが解明されてからとっても納得ができて好きだなぁ。久しぶりに面白いひらめきと思える邦画であった。
posted by いなえしむろ at 23:47| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最初に定義されていたのかもしれませんが? 「梅雨の季節になれば戻ってくる」それなら「毎年その季節に戻ってくれば良いのに...」いゃ戻ってこれるのは最初の1回だけなんですよね。 だから小説や映画になる。

DVDの発売は折りしも梅雨の季節、映画を鑑賞できなかった人は買いましょう。ほりえもんも注文したよ。
Posted by sonny at 2005年03月11日 20:41
なぜ一回しか戻ってこれないのか、なぜ梅雨の時期なのか、なぜ6週間なのかというなぞは、最後のところですべて明らかになるんですよね。そして、ようやくタイトルの意味がわかる。

もっとも私が見たいところは、未来の自分にあてた日記の内容だったのですが、原作ではそれは夫の小説になっているんですよね。これ誤算。
Posted by いなえ at 2005年03月11日 22:18
最後のところで全て公開されるのですね、見逃していたな〜 次はDVDで観るときの楽しみにしておこうっと。
Posted by sonny at 2005年03月12日 00:07
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Excerpt: 中坊の息子曰く「今まで観た映画の中で一番感動した!!」と妻から聞いた。 Amazonで1Clickする。
Weblog: 美貌録(備忘録)
Tracked: 2005-03-16 06:03
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